すっかり夏めいて、半袖の季節になってきました。NCCの中庭ギャラリーはいろんなジャズメンとそれを取り巻く動物とが渾然一体となった飾りになっています。見ていて飽きない、寅さん入魂の逸品で、これまでのベスト3に入るのは確実のギャラリーです。病気でないこどもたちも通りかかったらぜひ見に来てね。
さて、今回はかかりつけのこどもたちならすぐにピンと来る恐怖のゴロンの話です。
当院では病気の原因(病原体)を明らかにするためによく迅速検査をします。その時、こどもたちには「どんな病気か調べるからベッドにゴロンして」と言って横になってもらい、のどの奥や鼻の奥から検査の材料をとらせてもらいます。多少痛みを伴い不快な検査ですから、1回でも受けたこどもにとって「ゴロン」は恐怖の言葉なのです。「先生、今日はゴロンはしないよね」と言いながら診察室に入ってくるこどもも結構います。寅さんは、どうしたら痛みを最小限にしてスムーズに検査できるかを説明するために、のどの絵を描いた紙芝居を用意しています。理解できた大きいこどもたちは上手に検査を受けているようですが、小さいこどもたちには無理ですね。ただひたすら押さえつけて短時間ですませるしかありません。
このゴロンは、こどもたちにとっては当然ですが、医者にとっても恐怖の処置です。なぜなら、時々眼鏡や顔を目がけて痰が飛んでくるのです。痰が口の中に飛び込むこともあるし、どうかすると指をかまれることもあります。ですから、クマさんも心情的にはできればやりたくないのです。
それにもう一つ、恐怖とまでは言いませんが、検査をどんどんすることは経営上大きなマイナス要因になるのです。当院は保険診療を、大部分の小児科クリニックと同様、包括診療で行っています。この仕組みでは、3歳までのお子さんの診療費は初診と再診の2種類しかなく、いくつ検査しようが、点滴しようが、クリニックが得る収入は何もやらない場合と同じなのです。検査も処置も材料費が結構しますので、検査や処置が多いことは利益率を下げます。下手すれば赤字です。それに、検査をすると人手もかかるし診療時間もかかります。診察した所見だけで「アデノウィルス感染症ですね」と診断する方が、時間も材料コストもかからないので、経営的には賢いのです。
しかし、NCCは開院以来ずっと経営的なことより診療の質にこだわり続けてきました。感染症に関して質の高い診療とは、確実な診断をした上で適切な治療や指導を行うことだと考えます。不要な投薬を避けたり、抗生物質を長期間継続してもらったり、出席停止を適切な期間してもらったり、症状急変に備えたりするためには、できるだけ確実な根拠が欲しいのです。
病原体の診断をするための各種迅速検査を日常診療に使えるようになってから、感染症を診る目がずいぶん変わってきました。従来の教科書的な症状だけではなく非典型的な症状を示すこともあるし、インフルエンザと溶連菌感染症、アデノウィルス感染症と溶連菌感染症、など混合感染も珍しくないことを知りました。ですから、症状の経過や診察所見で合点がいかない時には、2種類以上の迅速検査と血液検査をすることも少なからずあります。周囲の状況や診察所見だけでわかる典型例では不要ですが、非典型例や原因不明のときには、絶対に検査が必要だと思います。
というわけで、病原体診断の新しい検査方法が開発されない限り、こどもたちにとってもクマさん・寅さんにとっても「恐怖のゴロン」がNCCからなくなることはないでしょう。こどもたち、お互いに我慢しようね。
(2008年5月25日)